過去記事
救出1) 前日
救出2) 直前/情報漏れ
救出3) 突入
こうして救出は成功した。しかし、救出されたことによって、彼女たちの人生はリセットされ0から再出発だ、よかったね、ということなんだろうか。しかし、それは間違いだ。圧倒的にマイナスからの再スタートだ。最後にその話をしたい。
インドにおいては幾つかの制約があるものの、個人で売春をすることは合法だ。その一方で、売春に関わることは社会的に忌避されている。簡単に言うと、「売春婦」は差別されるのだ。「春を売っている女たち」は差別されるのだ。彼女たちは、売りたくて売っているのではない。売らされているのだ。そして買っているのは誰?
救出されたとして、彼女たちは地元に帰って幸せな暮らしをできるだろうか。10代後半に毎日毎日、性的行為を強要されていた彼女たち。家族や地元の村の人たちは、受け入れを拒絶するかもしれない。そして、ここGBロードには受け入れを拒絶され、今度は自らこの売春宿に戻ってきて身体を売る女性がいる。そういう女性やマダムは、少女たちにそういう話をして「洗脳」している言われる。いや、洗脳ではなくて、それが事実でもあるのだ。そのことを彼女たちもわかっている。だから迷う。特に、ここに来て長年になっている場合はそうだ。
そレスキューファンデーションのスタッフは説得をする。どうにかして説得する。少女・女性たちは決断をする。ここに残るのか、それとも新しい”イバラ”の道を進むのか。スタッフは何度も説得していた。警察から、「撤収します」と何度か催促されても、それでも諦めきれずに、話をしていた。
一番最後に、すでにこの売春宿から出ることを決めて、そとの車で待機していた少女が、売春宿に戻ってきた。彼女は売春宿に戻るのか、と思った。でも、そうではなくて、売春宿に残っている自分の姉を説得しに戻ってきたのだ。そして、姉も妹とともに、ここ売春宿を去ることを決断した。
一番最後に、すでにこの売春宿から出ることを決めて、そとの車で待機していた少女が、売春宿に戻ってきた。彼女は売春宿に戻るのか、と思った。でも、そうではなくて、売春宿に残っている自分の姉を説得しに戻ってきたのだ。そして、姉も妹とともに、ここ売春宿を去ることを決断した。
僕はそれを見ていて泣きそうになった。
救出されて外の世界にでるよりも、売春宿に残って生きていくほうがまだましかもしれない。少なくとも、救出されたから、それで全てがうまくいくわけではない。彼女たちは、これからもいばらの道を歩む必要があるのだ。
その後のことを簡単に記す。
10人は警察署にいき、簡単な調書をとったり、病院にいって検査をする。法によって24時間以内に検査をすることが定められている。性病や、年齢の確認のための検査だ。1人が妊娠していることがわかった。先ほど記した姉妹は、3人姉妹であった。おそらく、家族にひとりずつ売られたのであろう・・・。
少女たちは寒そうにしていた。この時期は、ニューデリーも真冬で10度を下回る。少女たちは救出された時、着の身着のままで脱出した。少女たちの中には靴を履いていない子もいた。半袖の子もいた。僕はカンボジアの女性たちがつくったストールを持っていたので、それとコートをあげた。また、スタッフが、洋服を買ってきて着させてあげた。これまでもすごく大変だったし、これからもすごく大変な想いをするのだろうから、今は少しでも、外に出てきた喜びを味わってもらいたい。
そしてその後、政府機関によって手続きが行われ、一時的な保護施設にうつる。最終的に保護施設に彼女たちを送り届けたのは、深夜4時。オフィスに戻ったのは深夜5時過ぎであった。長い一日だった。
今回、10人を救出することができてよかった。でも、一度被害にあうと、それをなかったことには決してできない。そして、そういう子たちがインド・バングラデッシュには無数にいる。だから、被害に合う前に食い止める、ということが大事。そして、そのために出来ることはたくさんある。早く実行しよう。こうしている間には苦しんでいる子がいるのだから。
皆さんへ>
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