2009年2月27日金曜日

いぐさ染め



とても暑いので大変。

そして、同じ色を出すのが難しい。

Red No4と名づけられら赤の一種を出すのに

何十回も繰り返したら、さすがにワーカーは疲れてしまった。

いったん、Red No4から離れて、さまざまな色を染めることにした。

元気がでてきた。

大変な作業でも、技術になると、熱心に働いている。



2009年2月23日月曜日

熱き男 Sさんの話



スタッフのSさんは熱血だ。

そして、自分の責任で失敗したと思ったら、

それをはっきり口にすることができる男だ。



ある日のスタッフミーティングで、組織の文化について話し合った。

組織に誇りをもっているだろうか、

自分たちの製品をNo1にしようという気持ちをもっているだろうか、

そんな話をしたわけだ。



その翌日の朝、このことについて彼はワーカーに向かって熱く語った。

一時間・・・。



最近、ワーカーから「Sさんの話がながすぎます・・・」

と聞いていた自分としては戸惑い、

「それはすごくいいことだね。君の熱い心を感じるよ。

でも、1時間は、、ちょっとながすぎるかもしれないね。

15分、毎日言うほうがいいんじゃないかな」

というと、彼は

「15分じゃこの気持ちは伝えられない」

とのこと。

そしてその日の夜、生産実績の報告のミーティングにて

トレイナーから「目標に達成しなかった」という報告。

僕は聞いた。「なぜですか?」

トレイナー「朝のミーティングが長すぎます」

Sさん 「僕のミスです・・・」



2009年2月18日水曜日

蚊との闘い



ゲストハウスに泊まった深夜3時ごろ、蚊の攻撃に目が覚めた。

蚊の攻撃に対して、ゲストハウスは無防備だ。

自分の部屋であれば、蚊帳はあるし、蚊をばちばちと殺すテニスラケット

のようなやつもある。しかし、ここにはない。

ので、こういう場合、タオルケットにくるまって寝てみる。

しかし、蚊の音で眠りにつけなかった。

次にとる作戦は、無抵抗作戦だ。

どうぞどうぞ、血を吸い取ってください、おなかいっぱいになったら

去ってください。

しかし、その日は蚊は去らなかった。

20分、30分とたち、いらいらが最高潮になったとき、

仕方なく起き、本を読み睡魔がおそるのをまち、

その間に、見つけた蚊は殺そうという作戦に変更した。

その戦果 15匹以上。

こんなに蚊が多くいたとは・・・。

自分の手は自分の血で汚れた。



2009年2月13日金曜日

サイヨンが逃げた

訓練生サイヨン(仮名)。いぐさ縫製コース。

6月から訓練に来ていたが、一週間ぐらいで辞めた。

曰く、病気だったといっているが、訓練がつらかったからだろうと

僕はにらんでいる。きっと、また弱音を吐くに違いないと思ってた。

逃げたという表現は適切じゃないかもしれないけれど、

一週間休暇をくれ、といって去った。

一週間というのは本当かわからない。たぶん、もっと長くなる。



ことの発端は一週間前にさかのぼる。

サイヨンは朝、お母さんに怒られた。

そして、ファクトリーにやってきた。

いぐさマットの上に汚い足で立った。

汚れた。

教師ソパートが怒り気味に言った。

「きたない足でマットの上に立たないで!」

サイヨンは言った。

「これが村の足なんだ!」



それ以来、二人の会話はなくなったという。

「サイヨンは給与をもらったら去る」といううわさが

女の子の中でまことしやかに語られた。

その情報をキャッチ。

正直、第一の感想は「ガキか、おまえらは」。

そして、こういった問題が発生するのはともかく、

自力で解決できないのは、組織力の弱さだ。

ということで、この問題から学ぶことが多いだろうということで、

スタッフに指示。



「うまく二人と話し合って、解決してね」



スタッフであるソヴァンは、サイヨンを呼んで、諭した。

��諭したというより説教?)

ソヴァンが言った事はこうであった。

 ・ソパートの怒り方も問題かもしれないけれど、

  マットの上にたっちゃいけない。

 ・だから、ソパートに謝りなさい

 ・ソパートに謝るのは難しいかもしれないけれど、

  彼女からもっと学びたいと思うなら謝らなければならない
  


で、あえなく失敗。

サイヨンは給与をもらい長期休暇にはいったわけです。

諭されているときのサイヨンの顔は、泣いているのかむくれているのか

わからなかった。

ソヴァンと話し合った。

解決の方法は以下の三つ。

 1)ソヴァンが再度はなしをする
 


 2)他の女の子と話し合って、今回何がいけなかったのか、

  どうすればよいのか、考える。そして、他の子に動いてもらう。

  横のラインを活かす。
 


 3)ソパートにまず謝らせる。ソパートはあんまり悪くないけど。
 


で、2)も3)もビミョウと言われた。

その反論は権威理論とでも名づけられるものであった。

まず、カンボジアカルチャーでは上の人が先に謝るのはありえない。

しかも、この場合、サイヨンが発端なのだから。

サイヨンが謝ったらソパートも謝る。それで一件落着。



そこで、

「でもサイヨンは子どもだから、謝れないんじゃない?

上の人が先に謝ったら、彼女もそこから学ぶことは多いよね」

と言ったものの、カンボジア的にはありえないという。



そして、横のラインを強化し、同じ目線で語れる同僚からの説得という案を話す。

が、否定される。

いわく「横の人間にはパワーがない。パワーがない人からの説得は受けない」

じゃぁどうするんだ、と思ったが、2)はまだ可能性がある模様なので、

とりあえず、2)をやってみようよということになった。

続く。



2009年2月12日木曜日

ティダ(仮名)の危機



ティダ(仮名)が危機的な状況だ。

ティダの父親が先日亡くなった。

両親で漁業をしており、その際、溺れ死んだ。

そして、その後、ティダは病気になった。

結核のような病気らしい。いくつかの病気の複合でもあるらしい。

どういう病気なのかわからないが、カルテを手に入れたので、

日本に送って検証してもらおうと思っている。

家に訪問すると、ティダはやつれて疲れていた。

「君が必要だから、早く戻ってきてほしいよ」と伝えると

力なく「ありがとう」と笑った。

診断費用として75$かかり、金貸しから100$お金を借りたらしい。

毎月7$の利子が発生する。これからも薬代がかかる。

現状で、かものはしの組織として以前から検討中なのは、

訓練生・ワーカーに対する医療費支援がひとつ。

たとえば毎月20$までは支援しますよ、といったものだ。

もうひとつは緊急融資だ。

今回のようなケースにおいて緊急に低利子で融資する。

ただ、組織として行うには、ルールを検討しなければならないので

時間がかかる。

僕が個人的に100$寄付するのはとても簡単だ。あまりにも簡単であるけれど、

外部者である自分がこういうことに関わるのは、何か怖い。

彼らの生活を壊してしまいそうで。

ということで、今回はスタッフ・ワーカーから個人的に寄付を募ることにした。

来週の月曜日に募集する。



2009年2月10日火曜日

村の祭り



ある日、訓練教師ペンの家で、何人かのワーカーが集まり、

夕飯を食べるというので、呼ばれて行ってみた。

ペンの家に着くと、家の中から「きゃー」という声がした。

「ケスケがきた」と騒いでいる。どうも水浴びのあとで、着替え中だった

らしい。

といってももうすでに暗くて、家の中は真っ暗で何も見えない。

残念だ。

今日は、単なる夕飯会ではなく、村のお祭りがあるとのこと。

そこで、女の子たちは暗い中、化粧にいそしんでいた。

出会いに期待しているのだろうか。

化粧をしたサミーが現れると、一同「スアー(綺麗)!」と声が上がった。

しかし、日本人にとっては決して綺麗ではない。はっきりいって、

おかまみたいになる。(これは僕だけではなく、いろいろな日本人が

異口同音でそう言う)

ご飯を食べ始めた。ご飯は、小魚、カンボジアチーズ、生野菜と白米だった。

僕はこれらの料理が好きだ。

ペンは「ケスケにとっては、あまりご馳走でないけれど・・・」と

気を使ってくれた。僕は「旨いぜ」と返事をした。

多くの日本人にとってはご馳走ではないけれど、白米党である自分にとっては

十分満足できる内容。

日本でこの内容に相当するものといえば、

おいしい白米と、鮭の切り身が少々、と納豆という感じ。

朝食としてはいい感じ。ただし、夕食がこれなんだけど・・。



そのあと、ダンスタイムが始まる・・・予定だった。

ところが機械が故障してなかなか始まらない。

一緒に来ていたプラッ(スタッフ)が「もうそろそろ帰ろう」と言い出した。

自分とプラッはオフィスに戻って寝る。(ワーカーはペンの家で寝る)

プラッは自分にもましてマイペース系なので、空気を読まない。

ワーカーが「もうちょっとだけ待ってよ〜」「ケスケと一緒に踊りたい」との

こと。うれしい限りだ。

とそうこうするうちに、ようやく音楽が大音響で鳴り始める。

��ちなみに、すぐ横では、同じく大音響で映画鑑賞会をやっていた)

さて、踊るか、と思いきや、ワーカーの子たちは恥ずかしくて踊っていない。

男子やおばちゃんが発狂気味になってきて、女の子たちはますます参加しづらい。

結局、ちょこっと参加して、ぼそぼそっと踊ってただけだった。



2009年2月9日月曜日

児童買春をした男の写真



年末に知り合いのゲストハウスによると、

日本人の男性の写真が貼られていた。

パスポートナンバーと名前も書かれていた。

児童買春をした男で、この男が現れたら

捕まえるということだそうだ。

 

シェムリアップは「子どもを買う観光セックスツアー」に反対、

というところで、いたるところに情報提供を求める看板が出ている。



2009年2月3日火曜日

ファクトリーのおやつ



ファクトリーでは毎日なにかしらのフルーツがもたらされる。

7割ぐらいが、苦いフルーツ。2割が苦くも甘くもない。1割が甘くておいしい。

写真は、パパイヤ。

誰かが持ってきたのか、それとも買ってきたのか、それはよくわからない。

とにかく、毎日のようにフルーツがやってくる。

汚いナイフで、汚い床で、みんなでむしゃむしゃ食べる。



2009年2月2日月曜日

鳥の聖域 トンレサップ湖 2



世界遺産にならない”世界遺産”トンレサップ湖。

この湖の下には原油があるといわれています。

実際に試掘をすでにしています。

仮にここが世界遺産に認定されると、採掘は難しくなります。

オイルが漏れて、生態系を破壊するからです。

そういうこともあってか、なくてか、

首相フンセン氏は”仮に世界遺産になった場合、この流域で暮らす100万人の

人が漁業をできなくなってしまう。だから世界遺産にはしない”と発言を

専門家が集まる会議でしたそうです。

(世界遺産になっても、一部は漁業が禁止になりますが、

大部分は漁業は継続できます。)

うまく石油と自然を両立することを考える必要があります。



さらに問題があります。違法漁業の存在です。

トンレサップ湖は、近年大型魚が圧倒的に減ってきたといわれています。

それは、乱獲したためです。そのため、違法漁業を禁止していますが、

実効性がありません。

違法漁業とは、たとえば、一画を策で区切り、ポンプで水を全部干上がらせる

ような手法です。一週間ポンプを回し続けて干上がらせることもあります。

そうなれば完全に生態系が破壊されるわけです。

これらの漁業は、政府の高官の懐と結びついているので、

取り締まるのが困難であります。

るしなというNGOのマツモトさんは、この取締りを行政と協力してやっています。

違法漁業を見つけると、それを壊したり取り締まるのです。

なので、現地の有力者とめっちゃ喧嘩しています。

訴訟されそうになったり、活動を妨害されたり、メディアに捏造記事を

書かれたりです。生命の危険もあるそうです。

今回、マツモトさんの案内で、バードサンクチュアリに入ったのですが、

ボートを貸し出す業者があまりおらず、貸し出してもらうため、

非常に時間がかかるなどの嫌がらせを受けました。



「このトンレサップ・メコンの生態系は、どんな企業でも

どんな国際機関でも、創り出すことは不可能だ。

この生態系を維持して、この恵みを壊さないようにしていくことが

とても大切だ」とおっしゃっていました。

短期的に、漁獲収穫高をあげていかないといけないという現地の人の生活と

その後ろのほうにある汚職の問題があるのでなかなか難しいですが、

その現地の構造を少しずつ変えていく戦略をもって活動するそうです。



2009年2月1日日曜日

鳥の聖域 トンレサップ湖 1



この間の日曜日は、トンレサップ湖のバードサンクチュアリ(鳥の聖域)に

行ってきました。

トンレサップは東南アジア最大の湖です。この流域での漁獲高は世界第四位です。

そこの一角に鳥の聖域があります。水位は浅く、林の中をボートで移動する感じ

です。

無数の鳥が飛んでいます。1-2mぐらいあるものもいます。

ずいぶんと中まで入ったところに、展望台のようなものがあります。

木の手作りのものです。3階か4階立てぐらいの高さです。

とても怖いです。

欧米人の中には、”なぜ金属でつくらないんだ!”と

怒って上らなかったひともいるそうです。

体格が違うので、確かに欧米人には危険かもしれません。

そのあたりでは、滝の流れる音が聞こえます。

しかし、滝ではありません。

滝ではなく、鳥が水に突入している音が滝のように聞こえるのです。

木の上には大きな鳥がたくさんとまっています。



ここは世界遺産になってもおかしくないそうです。

しかし、世界遺産にはなりません。それはなぜか。(続く)