2009年1月31日土曜日

スレイパウ



スレイパウ(仮名)の家は、金持ちだ。

家は金持ちだけれども、スレイパウは貧乏だ。

いつも汚い服を着ている。

スレイパウは両親がおらず、遠い親戚の家に、兄弟とともに

預けられている。その親戚(義理の家族)はスレイパウをいじめている。



一度、スレイパウがファクトリーを辞めたことがあった。



表面的な理由は「農作業で忙しいから」であったが、

本当の理由は、義理の姉が、「ファクトリーに通って

技術を身につけるなんて、ねたましいから」だった。

最近の製品の評価表をみていると、スレイパウは

他の女性に比べて成績がよくない。つまり、「へたくそ」なのだ。

訓練教師のペンに、「うまくサポートしてあげてな」と言うと、

ペンは「うーん、アドヴァイスすると、哀しそうにして泣いてしまう

こともあるの」と困って言った。

実際へたくそなこともあるけれど、それ以上に、自分に対して

自信を持てないからだろうとおもった。

家では、屈辱的なことを家族から言われている。彼女にとっては、

小さい村の中で生きていて、家族から言われることがすべてなのだ。

一日一日をなんとか生き延びている。ファクトリーから家に帰ると、

義理の家族のために料理を作る。それはとてもよい料理だ。

スレイパウは、それを食べず、もっと貧相な料理を食べる。

そういう環境で、誰が自分に誇りをもてるだろうか。

だいいち、彼女はまだ17歳(?)なのだ。



昨日、スタッフと訓練教師で定例ミーティングをした。

その中で、新しいこととして、「今週のスター」というのを

選ぶことにしたんだけど、なんとその第一回のスターに

スレイパウが指名された。

今週のスターというのは、コースごとに今週がんばった人、

みんなの手本になるような人をひとりずつ選んで表彰しようと

いうもの。

スレイパウは、とても技術がへたくそ。でも、家庭環境も大変、

時には手に暴力の跡を抱えながらも、朝早くきて、ファクトリーの

掃除をしている。そういう頑張り屋なところが評価された。



家族に無理やりファクトリーを辞めさせられたときの

スレイパウの言葉が今でも忘れられない。

ぼくは聞いた。

「家の仕事や農業もやりながらだと、本当に大変だ。

でも、ファクトリーに通ってがんばるか?」

スレイパウはにこっと笑って言った。

「私は、私の未来のために、がんばりたい」



ブラスカスミッシモ



ブラスカスミッシモさんがファクトリーに来た!

カスミッシモさんは毎年(クラシック)コンサートをしている団体。

とても楽しいコンサートだそう。参加したことがないけれど、

イメージとしては、ライジング★スター(のだめ)のような感じ?

たくさんのファンがいます。

実は数年前から、チャリティーコンサートという形式で、

かものはしに寄付をしてくださっています。

今回は、たまたまカンボジアに訪問されていたそうで、

かものはしに立ち寄ってくださいました。

さわやかな二人に並ぶと、僕もさわやかに見えます。

チャンポイの笑顔がかわいです。



2009年1月25日日曜日

電気



カンボジアはベトナムやタイから電気を買っている。

ただし、一部の地域だけだ。

ファクトリーがあるクチャには電気は届いていない。

電線はあったので、「もうすぐ電気がくるの?」と村長に聞いた。

「くる」とのこと。

「いつ?」と聞くと、「2-3年以内」との回答だった。



ので、村ではバッテリーを使用することになる。

バッテリー屋が村にはあるのだ。



オフィスがあるドンデックには電気がある。発電業者がいるそうだ。

最近まで、夜11時になると電気がなくなった。しかし、最近は夜もある。

夜更かしができるようになってしまった。昔は、11時になると、強制的に

パソコンも読書も終了だったのに。



問題は、電圧が不安定すぎることだ。変圧器を通しても意味がないことがある。

プリンターは危険だ。

USBケーブルの先っぽを触るとビリッとくる。

そのケーブルをPCにつなげると、PCからもびりっとくる。

スイッチを入れると、バチッと来て、気絶寸前になった人がいる。

10%の確率で軽いビリ、1%の確率で中程度のビリ、0.01%ぐらいで気絶する。

だから、直接触らないようにペンでスイッチを押す。



ノートパソコンも危険だ。

前に使っていた、Lets noteは、電気を通しやすいのか、

手にびりびりくることがあった。金属っぽいからだと思う。

今使っているThink padはその点、安心だ。プラスチックぽいから。

さすがThink pad。

しかし、指紋認証のところは金属っぽいので、たまにびりっとくることがある。

改善希望。

スタッフのパソコンにビリッと来て、スタッフがウギャと叫んだあと、

青い画面が現れた。そのパソコンは二度と復旧しなかった。



2009年1月22日木曜日

名もなき遺跡



ヤン(ワーカー中唯一、高校に行ったことがある)の家に行ったとき、

近くに寺があるというので、連れて行ってもらった。

30分ぐらい田んぼの中を歩いた。

そこには小さな遺跡があった。

アンコールワットもすばらしいけれど、

ひっそりとそこにある、この小さな遺跡はいい。

落書きあり。カップルの名前が記されているのだろうか。

英語で書かれている。クメール語で書くと、何が書かれているか、

村の人たちにわかってしまうから、英語で書いているのだろうか。



2009年1月19日月曜日

ネコを飼う



僕は、子どものころに犬をメタボにした経験がある。

ポチ子だ。

飼い始めたのがバブル絶頂期だった気がする。

家族全員が忙しくなって、自分も部活や受験で忙しくて、

それを理由にして、散歩してやれなかった。

その結果、ポチ子はメタボになった。

大学に入って時間ができて、散歩してやろうと連れ出すと、よぼよぼ歩いて、

100m歩いたらはぁはぁ行っていた。路上の真ん中で、ふるふる震えながら

うんこをした。クロネコヤマトの車が苦労して、そのうんこを避けて

通ったのを忘れられない。

そして、ある日の早朝、うちの母親がポチ子が死んだと涙を流しながら言った。



それ以来、ポチ子を思い、動物を飼わないようにしていた。

その動物をかわいがったら、ポチ子に申し訳ないと思ったからだ。



でも時がたち、カンボジアが癒してくれ(?)、

そして、友人のネコに子どもが生まれたということで、もらうことにした。

��結局、その子ネコを手放すのが惜しくなった友人は、母ネコの姉妹、つまり

叔母をくれることになった)

もらって、1時間半後、家について、カゴから出すと、逃げ出した。

そして、たまたま訪問者が玄関にいたため、ドアが開き、

その隙から行ってしまった。それ以来、戻ってこず・・・。

ドラマのようだった・・・。

新年早々。



2009年1月16日金曜日

夕暮れ時



ファクトリーは夕方1時間は識字教室。

それが終わると、みんなダッシュで帰っていく。

灯りがない村の夜道はとても危険。

道はぼこぼこ。

酔っ払い変質者。

スタッフは日報を急いで書いている。

最近、ファクトリーはきれいに片付けられるようになった。

原材料にはシートを

ミシンに布を。

いすも片付けられ。



2009年1月13日火曜日

訪問者



今週・先週と訪問者がやってきた。

一組は社長さん含むビジネス集団。

問題を解決するためにはどうすればよいか、

そもそもそれは問題なのか、という感じであった。

もう一組はおばちゃん。

折り紙を折ってきてくれ、うちのワーカーの近所の

子どもにプレゼント。折り方も教えてくれた。

子どももおばちゃんも楽しそうだった。

いろんな人がやってくる。

いろんな人にカンボジアのいいところ、悪いところを

うまく伝えられるようになりたい。



2009年1月12日月曜日

文化村

カンボジアに文化村というのがあります。

アンコールワットの近くにあるんだけど、観光客はあんまり

行かないところ。カンボジア人はここが大好き。

日本でいうと日光江戸村みたいな感じで、

昔のカンボジア人の生活とか、フランス植民地時代の邸宅とかが

あります。そのほか、いろいろエンターテイメントショーもあります。

11月に、ファクトリーの子たちと一緒にみんなで行った。

その中に、お化け屋敷がある。1人5000R(120円ぐらい)と、

カンボジア感覚的には、たけーなと思ったんだけど、みんなが

行きたい入りたい、というので、みんなで入った。

そのときの写真。

サミーとトイが特にびびってた。

��写真参照)

日本人的には、たいしたことがないお化け屋敷なんだけど、

彼らのびびりぶりはすごかった。

みんな「ケスケ、ケスケ」っていって、腕やら背中やらめっちゃ

掴まれ抱きつかれ。本当はオイシイシーンなんだろうけど・・・。

彼女たちは農業でめっちゃ鍛えられているから、半端なかったね。

痛かったね。あの痛みは忘れられない。

ちなみに、大きい写真の手前は二人組みのカンボジア人のシティーガール。

その後ろっかわに、ちょっとにやついている男性が、お化け役。

お化け役も、この屋敷を作った人も、冥利につきるだろうなぁ。



2009年1月8日木曜日

オルセー市場での買い付け



プノンペンにあるオルセー市場で買いつけ。

ここは、観光客はほとんどおらず、卸売市場。

肉・野菜・衣類・布・工具・仏教用具などなどさまざまなものが

売られている。

今回は、布の買い付けを行った。

布のほとんどは韓国からやってきているらしい。

シクロ(自転車の前に、荷台みたいなものがついている)を

見かけた。プノンペン市内ではほとんど見かけないが、

このあたりでは、まだまだ活躍しているよう。



年末年始その3

大晦日は、モトオリさんとともに、

シェムリアップの町に行き、カウントダウンをイベントに参加!



カンボジアには、チャイニーズニューイヤー(2月)、

クメールニューイヤー(4月)と、三回も年末年始があります。

西暦の新年は、都市部を中心にだんだんお祭りっぽくなってきている

そうです。



バーストリートという、観光客が集まる一帯(50mぐらいの長さ?)に

観光客が埋まり、大音響で音楽を流し、踊るというもの。

逆に言うと、それ以外の企画は無し。



途中10時40分ぐらいに突然、全面的に電気が消えました。

何かが始まるのかと思い、観光客は大興奮でしたが、

単に停電がおきただけ。街全体で停電しました。



確か、タイから送電しているのですが、

タイでも騒いでいて、こっちでも幸いでいて、停電した模様。

11時半ぐらいになんとか復旧。



でかい白人の中で踊るのは大変でした。

カンボジア人とは盛り上がりました。



2009年1月7日水曜日

年末年始その2

年末年始、モトオリさんというデザイナー系の方が

いらっしゃっていて、ずっと新商品の開発と技術面の

指導をしてくれていました!
めっちゃ勉強になりました。

プロと仕事をすると、刺激と学びになります。

2009年1月6日火曜日

家庭訪問



村に行って家庭訪問中。

訓練生を増やそう、ということで、どの家庭の子を受け入れるべきか

訪問調査している。

質問内容は、経済的なことや家庭事情なんだけど、

借金の話とか、ドメスティックバイオレンスなどは聞きづらい。

ということで村長さんや隣人の情報がけっこう大切です。

いま活動している村々は協力的なので、情報がいろいろ聞ける。

写真の男性が村長さん。DV家庭の仲裁もけっこうしているらしい。