カンボジアの篠原大使のお話を伺う機会があった。
大使、というと、なんだか遠い印象を持つかもしれない。
しかし、篠原大使はなんと、カンボジア語がぺらぺら。
最後には、カンボジア語でスピーチをされていた。
こんな大使はもう二度と現れないのではないか、といわれている。
大使は、67年の夏(ポルポト、内戦の前!)に外務省の人間としてカンボジアに
やってきた。
カンボジアを学ぶのが役割だったそうだ。
大使は大学に行って学ばせてもらおうと思ったが、文化協定?がカンボジアと日
本で結ばれていないため断られた。
「まぁそう堅いことをいわずに」と交渉を試みたが断れた。
次に小学校に行ってみた・・・小学生はぺらぺらで、勉強についていけなかった
��笑)
そうこうして、寺にも3ヶ月滞在したことがあるらしい。
なんて庶民的な大使なんだろうと思った。
カンボジアは内戦が終わったあと、まったくゼロからスタートしたわりには、よ
く頑張っているとのこと。
ただし、バランスの取れた経済成長ができていない(貧富の格差をさすと思われ
る)、行政の組織力が弱い、発展のためには大きなグランドデザインが必要であ
るなどの問題があるそう。
賄賂の問題はドナー間の会議では必ず話題になるが、なかなか一筋縄ではいかな
い、とのことあった。汚職防止法が作成されているが、審議がとまっているのは、
刑法が出来ていないから。
大使からすると、カンボジアは「親切の国」ということで、日本人が忘れてしま
ったものがあるだろうとのこと。それでも、戦前に比べると、その親切さも失わ
れてしまったということであった。
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